一般社団法人フラワーリボン協会 交通遺児支援と交通安全を願う 前編

『最愛の人を失い、残されてしまった方たち』のためのフラワーリボン協会、その設立経緯と私たちの考えることをお伝えします。

◎フラワーリボン協会設立経緯

交通事故は人類がこの地球上に蒸気機関による交通革命・産業革命を起こして以来、世界中で我々人類が戦い続けている果てしない課題です。蒸気機関はガソリンによるエンジンへと替わり『車』が活躍し出し、我々の生活をさらに豊かに、そして便利にしてきました。しかし『人』と『車』が同時に存在することは世の中の繁栄に伴うことによる『車』の増加で交通事故も増加させることとなりました。※2019年度の交通事故発生件数、381,237件(前年比較-49,364件)死亡者数3,215名(前年比較-317名)しかしながら、享受する豊さとの引き換えのように交通事故によって最愛の人をこの世から奪われることは許されることではありません。そして、奪われた最愛の人が一家の大黒柱であることが往々にしてあります。そんな時に残されるのは弱い人間ばかりです。

交通遺児に寄り添い、心の支えとなりたい。

そして世の中から交通事故を無くしたい、そんな想いを実現しようと私たちはフラワーリボン協会を設立しました。みなさまに我々が正規会員となっているフラワーリボン協会を理解していただくために、今回紙面を割かせていただきました。決して許されることの無い交通事故です。とは言いながら、この地上から世界に物流やインフラ整備に欠くことの出来ない商用車両を消し去ってしまうわけにはいきません。

◎果てしない交通戦争との戦い

まずは日本の陸上輸送の歴史をさかのぼってみたいと思います。日本の陸上輸送は江戸時代から続いた人と馬による配送システムである『伝馬と助郷の制度』からスタートしています。明治新政府は資本主義国家『日本』を作るべく模索し、その基盤となる物流システムを民間への委託によって構築する考えにたどり着きます。明治5年西暦で言えば1872年、明治政府は政府が行っていた郵便と競合していた『陸運元会社』(現在の日本通運)に目を付けます。この『陸運元会社』は民間会社の間で『定飛脚陸送会社』を立ち上げて明治政府の郵便と競合していたのです。日本の近代郵便制度の創設者の一人、前島密(1円切手の男性)はこの『定飛脚陸送会社』と話し合い、永年続けてきた信書(手紙)の逓送(輸送)を止める約束をさせました。ここで日本における飛脚の存在はなくなります。

そして『定飛脚陸送会社』は引き換えに日本政府の郵便事業の輸送業務を請け負うことになったのです。

前島密たちは飛脚時代に出来上がっていた日本全国のネットワークを利用して全国での輸送網の基盤を作り上げました。ここで物流の基礎が出来上がりました。しかしながらこの時には、まだ動力化された輸送機ではなく荷車・馬車・牛車でした。日本全国に張めぐらされつつあったネットワークを道路輸送の手段としてトラック利用のきっかけになったのは関東大震災でした。大正12年(1923年)に起きた関東大震災の復興にトラックが利用され、大きな力を発揮しました。そして、第二次世界大戦終戦後の復興にもトラックなどの商用車両は欠かすことは出来ませんでした。固定された軌道の上しか移動の出来ない鉄道輸送がトラック輸送へ変わっていきました。当然、商用車両の台数は増えていきました。『人』も『車』も同じ地上に存在します。国の交通ルールは追いかけ整備されますが『人』の運転する『車』です、交通ルールだけで事故を無くすことは不可能です。

 

◎記録に残る最初の交通事故

『警視庁史 第1 明治編』の「(七)自動車取締規則の制定」という文章中に以下の記述あります。「警視庁交通年鑑を見ると、明治四十年の東京府の自動車は十六台と記載されている。このなかに、大倉喜七郎の競走用と乗用各一台が入つているが、この競走用は日本自動車会社の車庫に入れておいたところ、夜間職工四名がこれを持ち出してのり回しているうち、東海道の平塚辺で電柱に衝突して、四人とも即死してしまつたと伝えられる。これが記録に残るものではもつとも古い自動車による死亡事故のようである。」そして、『日本自動車史』には、1905年(明治38)10月26日の出来事として、以下の記述あります。「大阪自働車会社の自動車、堺市神明町大通りで龍小芳(5歳)を轢いて死亡させる。(わが国最初の自動車による死亡事故)」

関東大震災の十数年前にまだ限られた人間にしかその所有を許されなかった自動車、限られた台数しかなかった自動車ですが、その時すでに人間の命を奪う凶器となっています。しかしながらこれは自動車・トラックのせいではありません。運転している『人』のなした業です。それからほんの110年後の現在(2020年4月末)貨物車両14,383,335台、特種用途車両1,766,908台もの数に増えています。1,600万台もの商用車両が24時間365日、日本のどこかで活躍しています。『車』と『人』の存在、私たちの生活を支える『車』と『人』との共存。いくら台数が増えたからと言っても交通事故を商用車を運転する不完全な生き物である人間のヒューマンエラーで済ませてしまうわけにはいきません。交通事故には必ず犠牲となる家族がいるからです。

◎フラワーリボン協会の想い

戦後日本の復興を支え、高度成長期を乗り切るためには商用車両の存在は不可欠なものでした。そして現在日本各地で頻発する地震、巨大台風、大雨などの自然災害の復旧にも商用車両の存在を欠いて考えることは出来ません。現日本の繁栄を支えるためにも商用車両は無くてはならないものです。

だから、交通事故があっていいとは言いません。この記事を目にしていただいている皆様や皆様の会社の社員が加害者にも被害者にもなり得るのです。そして、最愛の人を失うことがあったり、傷つけられてしまう被害者が出てしまうのです。

そんな悲劇を繰り返さないように、無くなるように努力したい。図らずして被害者となってしまった方の力になりたい。『最愛の人を失い、残されてしまった方たち』を一番に考えたい、この世の中から交通事故を無ししたい。”これがフラワーリボン協会の想いです。”

 

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